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【第31回 グラミー賞 1989】史上最悪のサプライズ — Jethro Tull が Metallica を抑えて初代 Best Hard Rock/Metal Performance + 初代 Best Rap Performance はテレビ放映外でラップ陣ボイコット

8月16日
読了時間: 3分

更新日:3 時間前

1989年2月22日、ロサンゼルス・シュライン・オーディトリアムで開催された第31回グラミー賞は、グラミー史上もっとも語り継がれる二つの「物議事件」を同時に生んだ。新設された Best Hard Rock/Metal Performance Vocal or Instrumental で、フォーク・プログレ・ロックバンドの Jethro Tull が、本命視されていた Metallica を破って初代受賞。同じく新設の Best Rap Performance では DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince が初受賞したが、授賞式テレビ放映から除外され、ラップ陣がボイコットする事態に発展した。

出来事の背景

1980年代後半、米国音楽産業ではメタルとヒップホップが急速な商業的・文化的台頭を遂げていた。Metallica『...And Justice for All』(1988)はメタル史上初のメインストリーム的成功を収めつつあり、N.W.A、Public Enemy、Run-DMC、DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince らがチャートを席巻していた。グラミー・アカデミーはこの2つのジャンルに公式部門を初めて新設し、ジャンル史の節目を作る — はずだった。

しかしアカデミーの投票員構成は依然として「クラシック・ジャズ・伝統ポップ寄りの年配ミュージシャン中心」であり、メタル/ラップという新興ジャンルへの理解は皆無に近かった。この構造的ミスマッチが、後年語り継がれる二つの事件を同時に生むことになる。

事件1:Jethro Tull が Metallica を抑える

Best Hard Rock/Metal Performance Vocal or Instrumental 部門のノミネートは、Metallica「One」、Jane's Addiction『Nothing's Shocking』、AC/DC『Blow Up Your Video』、Iggy Pop『Cold Metal』、そして Jethro Tull『Crest of a Knave』。Metallica は会場でライブ・パフォーマンスを行う本命中の本命だった。

発表者 Alice Cooper と Lita Ford が封筒を開けて Jethro Tull の名前を読み上げると、会場は「2分間の沈黙、その後爆笑」(Tull のフロントマン Ian Anderson 本人がのちに語った言葉)に包まれた。フルート奏者のフロントマンを擁するプログレ・フォーク・バンドが「メタル賞」を獲ったという史上最大級のミスマッチ。Anderson は授賞式に出席しておらず、後にレコード会社が「The flute is a heavy, metal instrument(フルートはヘヴィなメタル楽器だ)」というジョーク広告を出した。翌1990年からアカデミーは部門を Best Hard Rock Performance と Best Metal Performance に分離、Metallica が初代 Best Metal Performance を「One」で受賞することになる。

事件2:初代 Rap Grammy がテレビ放映外

Best Rap Performance も同回新設され、DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince(後の Will Smith)が「Parents Just Don't Understand」で初代受賞。しかしアカデミーは本部門の授賞をテレビ放映から除外し、プレショーで処理してしまった。これに激怒したノミネート組 — DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince、LL Cool J、Salt-N-Pepa、Kool Moe Dee — が授賞式そのものをボイコット。「ヒップホップ・コミュニティ全体を侮辱する扱い」として大きな批判を呼んだ。

文化的・産業的意義

この2事件は、グラミーが「ジャンルの新興勢力を制度化するスピード」と「アカデミー会員の理解度」の決定的ギャップを露呈させた。以後、グラミーはジャンル別投票員制度(genre committees)を導入、ジャンル専門家の判断を反映する制度設計へと舵を切る。これは現代のラップ/R&B/ロック/メタル各部門の投票構造の出発点となる重要な制度改革だった。

またヒップホップ陣営のボイコットは、グラミー側がラップ部門をテレビ放映へ正式組み込むよう交渉する原動力となり、翌年以降ラップ・パフォーマンス賞は本放送内で扱われるようになった。「アーティストの集団行動が制度を変えた」最初期の成功事例である。

GAJ 視点 / 日本の音楽業界への示唆

新ジャンル(例:現在のラテン・トラップ、Hyperpop、AI生成音楽)が音楽賞の制度に取り込まれる際、「投票員の理解度」「カテゴリの分割タイミング」「テレビ放映での扱い」の3点が必ず論争を生む。日本の音楽賞制度も新ジャンル(VTuber、Vocaloid、シティポップ国際再評価)の扱いで類似の構造的問題を抱えており、第31回グラミーのケーススタディは制度設計の貴重な参照軸となる。

発行:株式会社BRUSH MUSIC / GAJ ヒストリー

 
 
 

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