グラミー新設「アジアンポップ」部門は撤回ではない——BTSの応募見送りで進む設計の見直し
更新日:10月2日
グラミー賞に新設された「アジアンポップ」部門(Best Asian Pop Music Performance)が揺れています。ただし、撤回が決まったわけではありません。いま起きているのは、設計と運用の再検討です。
音楽プロデューサー / 音楽グローバルマーケッターの WELCOMEMAN が、規定の中身と投票の仕組みから順番に確かめていきます。
何が起きているのか
アジアンポップ部門は2026年6月に発表されました。第69回グラミー賞(2027年)で初めて授与される予定で、Pop & Dance/Electronic フィールドに属します。K-POP・J-POP・C-POP を含む、アジア市場発、またはアジア市場で広く認知されている現代ポップが対象です。
ところが2026年7月29日、BTS が第69回グラミー賞に楽曲をエントリーしないと発表しました。「地域や言語で分断されるのではなく、音楽は音楽として聴かれ、愛されることを願う」という趣旨の声明です。
これを受けて、レコーディング・アカデミーの Harvey Mason Jr. CEO は、部門の見直しを検討していると表明しました。この領域のアーティストの中に、この部門が自分たちの音楽を望む形で表現できていないと感じている人がいる、という認識です。
重要なのは、ここから先です。現時点で、改定後の規定は発表されていません。部門の改名も、停止も、廃止も発表されていない。つまり「撤回が決まった」という報じ方は正確ではなく、設計をどう直すかを議論している段階だ、というのが実際のところです。
部門の規定はどう書かれているか
対象は「アジア市場発、またはアジア市場で広く認知されている現代ポップ」。K-POP・J-POP・C-POP を含む
「1つ以上のアジア言語が意味のある役割を果たしていること」が要件
全編英語の楽曲は対象外
国籍や民族で決める設計にはなっていない
例示として K/J/C の3つが挙がりますが、規定はそこに限定していません。T-POP(タイ)なども、条件を満たせば対象になり得ます。
そして見落とされがちですが、この部門ができたからといって、主要部門への応募が閉じられたわけではありません。分類の仕方が揺れている、というのが正確な状況です。
中国圏の指標という難しさ
アジアを一つの部門で扱うときに現実的な壁になるのが、配信指標の不均衡です。中国本土ではグローバルなSNSやサービスが使えず、YouTube や Spotify の数字だけを見ても実態が掴めません。
ただしルートが無いわけではなく、テンセントによる海外配信支援のような動きもあります。ここは「数字が取れないから評価できない」と切り捨てるより、どういう経路で世界に出ているのかを見たほうが実態に近づけます。
ノミネートは再生回数では決まらない
ここが一番誤解されやすいところです。グラミー賞のノミネートは、再生ランキングで自動的に決まるものではありません。応募資格の確認を経たうえで、会員が投票して決まります。
だから「アジアの人口が多いからアジアの影響が自動的に強くなる」という話にはなりません。市場規模や人口で枠が自動配分される仕組みではないからです。
むしろ実務上の壁は別のところにあります。投票する会員が、その作品にたどり着けるか。歌詞を理解できるか。アジアの音楽を正当に評価してもらうには、この「届くかどうか」を設計する必要があります。
会員制度の実際
レコーディング・アカデミーの投票会員は13,000人超、総会員数は16,000人超
チャプター(支部)は全米12か所。どこに所属するかは会員自身が指定し、いつでも変更できる
日本在住の会員がロサンゼルス・チャプターに配属された実例がある
入会には審査とクレジット要件があり、人数だけが増えるわけではない
※ 動画内では投票会員を「約1.5万人規模」、支部について「ニューヨーク支部が日本の会員を担当」と話していますが、公式情報は上記のとおりです。ここで訂正します。
この件をどう見るか
アジアを一つの部門でくくるのは、そもそも器用さが要る設計です。ラテングラミーがスペイン語・ポルトガル語という近い言語圏で成立しているのに対して、アジアは多言語・多文化で、審査員の言語能力も歌詞の解釈基準も投票母数も、変数が一気に増えます。
それでも部門ができたこと自体は、日本のアーティストにとって入口が一つ増えたということです。大事なのは、制度が固まる前のいまの段階で、どういう設計が望ましいかを当事者側が言葉にしておくことだと思っています。
番組について
「音楽ビジネスNEWS」は、音楽プロデューサー WELCOMEMAN(株式会社BRUSH MUSIC 代表)が、音楽業界のニュースを、日本のアーティストの立場から読み解いていくシリーズです。
GAJ(G Association Japan)についてはこちら https://www.brushmusic.com/gaj
※本記事および動画は公開されている情報に基づく個人の見解であり、特定のアーティストや団体を批判することを目的としたものではありません。収録時点の情報を含むため、最新の情報は主催者の公式発表をご確認ください。
関連する本を Amazon で探す
※当サイトは Amazon のアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。



コメント